ていてんをみざるのき
帝展を見ざるの記

冒頭文

夏休みが終って残暑の幾日かが続いた後、一日二日強い雨でも降って、そしてからりと晴れたような朝、清冽(せいれつ)な空気が鼻腔(びこう)から頭へ滲み入ると同時に「秋」の心像が一度に意識の地平線上に湧き上がる。その地平線の一方には上野竹(たけ)の台(だい)のあの見窄(みすぼ)らしい展覧会場もぼんやり浮き上がっているのに気が付く。それが食堂でY博士の顔を見ると同時に非常にはっきりしたものになってすぐ眼の前

文字遣い

新字新仮名

初出

「中央美術」1920(大正9)年11月1日

底本

  • 寺田寅彦全集 第八巻
  • 岩波書店
  • 1997(平成9)年7月7日