ゆきのやどり
雪の宿り

冒頭文

文明(ぶんめい)元年の二月なかばである。朝がたからちらつきだした粉雪は、いつの間にか水気の多い牡丹(ぼたん)雪に変って、午(ひる)をまわる頃には奈良の町を、ふかぶかとうずめつくした。興福寺の七堂伽藍(しちどうがらん)も、東大寺の仏殿楼塔も、早くからものの音をひそめて、しんしんと眠り入っているようである。人気(ひとけ)はない。そういえば鐘の音さえも、今朝からずっととだえているような気がする。この中を

文字遣い

新字新仮名

初出

「文藝」河出書房、1946(昭和21)年3、4月合併号

底本

  • 日本幻想文学集成19 神西清
  • 国書刊行会
  • 1993(平成5)年5月20日