しゅうどういんのあき |
修道院の秋 |
冒頭文
「好いかよう……」 と、若い水夫の一人が、間延びのした太い聲で叫びながら船尾の纜(ともづな)を放すと、鈍い汽笛がまどろむやうに海面を掠めて、船は靜かに函館の舊棧橋を離れた。 港の上にはまだ冷冷とした朝靄が罩め渡つて、雨上りの秋空は憂ひ氣に暗んでゐた。騷がしい揚錨機(ウインチ)の音、出帆の相圖の笛の響などが、その重く沈んだ朝の空氣を顫はしながら聞える。蒼黒く濁つた海は果敢ない空の明る
文字遣い
旧字旧仮名
初出
「三田文學」1916(大正5)年11月号
底本
- 新進作家叢書22 修道院の秋
- 新潮社
- 1918(大正7)年9月6日