アン インシデント
An Incident

冒頭文

彼はとう〳〵始末に困(こう)じて、傍(かたはら)に寝てゐる妻をゆり起した。妻は夢心地に先程から子供のやんちやとそれをなだめあぐんだ良人の声とを意識してゐたが、夜着に彼の手を感ずると、警鐘を聞いた消防夫の敏捷(びんせふ)さを以て飛び起きた。然し意識がぼんやりして何をするでもなくそのまゝ暫くぢつとして坐つてゐた。 彼のいら〳〵した声は然し直ぐ妻を正気に返らした。妻は急に瞼(まぶた)の重味が取

文字遣い

新字旧仮名

初出

「白樺」1914(大正3)年4月

底本

  • 現代文学大系 22 有島武郎集
  • 筑摩書房
  • 1964(昭和39)年11月25日