ビルジングとつき |
ビルヂングと月 |
冒頭文
酒が宴の途中で切れると、登山嚢(リユツクサツク)を背にして、馬を借りだし、峠を越えて村の宿場まで赴かなければならない。——私達はついこの間うちまで、そんな山中の森かげでたくましい原始生活を営んでゐた。冬のはじめから春にかけての一冬であつた。 今、私は都の中央公園の程ちかくにあるアパートの六階の一室で、窓から満月を眺めながら四五人の友達と雑談に耽つてゐる。 「が、何時も僕は運が好くて
文字遣い
新字旧仮名
初出
「東京朝日新聞 第一五八一〇号」1930(昭和5)年5月10日
底本
- 牧野信一全集第三巻
- 筑摩書房
- 2002(平成14)年5月20日