よみのまき 「わがこんちゅうさいしゅうき」のいっせつ
夜見の巻 「吾が昆虫採集記」の一節

冒頭文

一 私は夏の中頃から、鬼涙(きなだ)村の宇土酒造所に客となつて膜翅類の採集に耽つてゐた。私は碌々他人(ひと)と口を利くこともなく、それで誰かゞ私の無愛想な顔を蜂のやうだと嘲つたが、全く私は眼玉ばかりをぎろ〳〵させて口を突(とが)らせ、蜂のやうに痩せて、あたりの野山を飛びまはつてゐた。 或る朝私は靄の深い時刻に起き出て、先達うちから山向うの柳村の鎮守社の境内に半鐘型のスヾメ蜂の巣

文字遣い

新字旧仮名

初出

「文藝春秋 第十一巻第十二号」文藝春秋社、1933(昭和8)年12月1日

底本

  • 牧野信一全集第五巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年7月20日