タンタレスのはる |
タンタレスの春 |
冒頭文
一 その頃ナンシーは、土曜から日曜にかけて毎週きまつて私を横浜から訪れて、私に従つて日本語を習ふのだと称してゐた。彼女と私の父親同志がボストンの大学でクラス・メートであつた。ナンシーの父親は山下町にオフイスをもつて、小規模の貿易商を経営してゐた。彼女は其処で、タイピストとして働き、ブリウ・リボンという綽名を持つてゐた。彼女はいつも空色系統のドレスを好み、スレンダーな容姿が何といふこともなく瀟
文字遣い
新字旧仮名
初出
「モダン日本 第七巻第六号」文藝春秋社、1936(昭和11)年6月1日号
底本
- 牧野信一全集第六巻
- 筑摩書房
- 2003(平成15)年5月10日