はるのよる
春の夜

冒頭文

これは近頃Nさんと云う看護婦に聞いた話である。Nさんは中々利(き)かぬ気らしい。いつも乾いた唇(くちびる)のかげに鋭い犬歯(けんし)の見える人である。 僕は当時僕の弟の転地先の宿屋の二階に大腸加答児(だいちょうかたる)を起して横になっていた。下痢(げり)は一週間たってもとまる気色(けしき)は無い。そこで元来は弟のためにそこに来ていたNさんに厄介(やっかい)をかけることになったのである。

文字遣い

新字新仮名

初出

「文藝春秋」1926(大正15)年9月

底本

  • 芥川龍之介全集6
  • ちくま文庫、筑摩書房
  • 1987(昭和62)年3月24日