くろいてちょう |
黒い手帳 |
冒頭文
黒いモロッコ皮の表紙をつけた一冊の手帳が薄命(ファタール)なようすで机の上に載っている。一輪揷しの水仙がその上に影を落している。一見、変哲(へんてつ)もないこの古手帳の中には、ある男の不敵な研究の全過程が書きつけられてある。それはほとんど象徴的ともいえるほどの富を彼にもたらすはずであったが、その男は一昨日舗石を血に染めて窮迫と孤独のうちに一生を終えた。 この手帳を手にいれるためにある夫婦
文字遣い
新字新仮名
初出
「新青年」1937(昭和12)年1月号
底本
- 久生十蘭全集 Ⅰ
- 三一書房
- 1969(昭和44)年11月30日