やりがたけきこう |
槍ヶ岳紀行 |
冒頭文
一 島々(しま〳〵)と云ふ町の宿屋へ着いたのは、午過ぎ——もう夕方に近い頃であつた。宿屋の上(あが)り框(かまち)には、三十恰好(がつこう)の浴衣の男が、青竹の笛を鳴らしてゐた。 私(わたし)はその癇高い音(ね)を聞きながら、埃にまみれた草鞋の紐を解いた。其処へ婢(をんな)が浅い盥(たらひ)に、洗足の水を汲んで来た。水は冷たく澄んだ底に、粗い砂を沈めてゐた。 二階の縁
文字遣い
新字旧仮名
初出
「改造」1920(大正9)年7月
底本
- 現代日本紀行文学全集 中部日本編
- ほるぷ出版
- 1976(昭和51)年8月1日