なつのはな
夏の花

冒頭文

わが愛する者よ請(こ)う急ぎはしれ 香(かぐ)わしき山々の上にありて獐(のろ)の ごとく小鹿のごとくあれ 私は街に出て花を買うと、妻の墓を訪れようと思った。ポケットには仏壇からとり出した線香が一束あった。八月十五日は妻にとって初盆(にいぼん)にあたるのだが、それまでこのふるさとの街が無事かどうかは疑わしかった。恰度(ちょうど)、休電日ではあったが、朝から花をもって街を歩いている男は、

文字遣い

新字新仮名

初出

「三田文学」1947(昭和22)年6月号

底本

  • 夏の花・心願の国
  • 新潮文庫、新潮社
  • 1973(昭和48)年7月30日