きのどくなおくさま |
気の毒な奥様 |
冒頭文
或る大きな都会の娯楽街(アミューズメントセンター)に屹立(きつりつ)している映画殿堂では、夜の部がもうとっくに始まって、満員の観客の前に華やかなラヴ・シーンが映し出されていました。正面玄関の上り口では、やっと閑散の身になった案内係の少女達が他愛もないおしゃべりに夢中になっていました。 突然、駈け込んで来た女がありました。鬢(びん)はほつれ、眼は血走り、全身はわなわな顫(ふる)えています。
文字遣い
新字新仮名
初出
「キング」1935(昭和10)年8月号
底本
- 岡本かの子全集2
- ちくま文庫、筑摩書房
- 1994(平成6)年2月24日