——二十余年前の春 兄は第一高等学校の制帽をかぶっていた。上質の久留米絣(くるめがすり)の羽織と着物がきちんと揃っていた。妹は紫矢絣の着物に、藤紫の被布(ひふ)を着ていた。 三月の末、雲雀(ひばり)が野の彼処に声を落し、太陽が赫(あか)く森の向うに残紅をとどめていた。森の樹々は、まだ短くて稚(おさな)い芽を、ぱらぱらに立てていた。風がすこし寒くなって来た。 東京市内から郊