ばんしゅん |
晩春 |
冒頭文
鈴子は、ひとり、帳場に坐って、ぼんやり表通りを眺めていた。晩春の午後の温かさが、まるで湯の中にでも浸っているように体の存在意識を忘却させて魂だけが宙に浮いているように頼り無く感じさせた。その頼り無さの感じが段々強くなると鈴子の胸を気持ち悪く圧え付けて来るので、彼女はわれ知らずふらふらと立ち上って裏の堀の縁へ降りて行った。 材木堀が家を南横から東後へと取巻いて、東北地方や樺太(からふと)あ
文字遣い
新字新仮名
初出
「明日香」1936(昭和11)年6月号
底本
- 岡本かの子全集2
- ちくま文庫、筑摩書房
- 1994(平成6)年2月24日