いちかてい
一過程

冒頭文

夕やけが丘の上の空を彩りはじめた。暮れるにはまだ少し間のある時刻である。部屋のなかはだがもううす暗く深い靜けさにひそまりかへつてゐる。十人にちかい男たちがこの二階にありとは思へぬ靜けさである。風が出て來たらしい。寢靜まつた夜などはその遠吠えの音がきこえもする海の上を渡り、さへぎるもののない平地を走つてこの高臺の一軒屋にぢかに吹きつける二月の寒風である。はげしく吹きつけ、細目にあけた窓の隙間からはい

文字遣い

旧字旧仮名

初出

「中央公論」中央公論社、1935(昭和10)年6月

底本

  • 島木健作作品集 第四卷
  • 創元社
  • 1953(昭和28)年9月15日