ちゃがゆのき
茶粥の記

冒頭文

忌明けになって姑(はは)の心もようよう定まり、清子と二人は良人の遺骨をもって、いよいよ郷里の秋田へ引き上げることになった。秋田といってもずっと八郎潟寄りの五城目という小さな町である。実は善福寺さんとの打合せでは五七日忌前に埋骨する手筈になっていたけれど、持病のレウマチスで姑が臥せりがちだったし、それにかまけてとかく気がすすまない様子なので、ついこれまで延びてしまった。それというのが四十九日の間は亡

文字遣い

新字新仮名

初出

「改造」1941(昭和16)年2月号

底本

  • 神楽坂・茶粥の記 矢田津世子作品集
  • 講談社文芸文庫、講談社
  • 2002(平成14)年4月10日