わなにかかったひと |
罠に掛った人 |
冒頭文
一 もう十時は疾(と)くに過ぎたのに、妻の伸子(のぶこ)は未(ま)だ帰って来なかった。 友木(ともき)はいらいらして立上った。彼の痩(やせ)こけて骨張った顔は変に歪んで、苦痛の表情がアリアリと浮んでいた。 どこをどう歩いたって、この年の暮に迫って、不義理の限りをしている彼に、一銭の金だって貸して呉(く)れる者があろう筈(はず)はないのだ。それを知らない彼ではなかった。だか
文字遣い
新字新仮名
初出
「探偵」駿南社、1931(昭和6)年5月号
底本
- 「探偵」傑作選 幻の探偵雑誌9
- 光文社文庫、光文社
- 2002(平成14)年1月20日