くぎぬきとうきちとりものおぼえがき 10 うじのちゃばこ
釘抜藤吉捕物覚書 10 宇治の茶箱

冒頭文

一 「勘の野郎を起すほどのことでもあるめえ。」 合点長屋の土間へ降り立った釘抜藤吉は、まだ明けやらぬ薄暗がりのなかで、足の指先に駒下駄の緒を探(まさぐ)りながら、独語のようにこう言った。後から続いた岡っ引の葬式彦兵衛もいつものとおり不得要領(ふとくようりょう)ににやりと笑いを洩らしただけでそれでも完全に同意の心を表していた。しじゅう念仏のようなことをぶつぶつ口の中で呟いているほか、たいてい

文字遣い

新字新仮名

初出

「探偵文藝」1925(大正14)年4月

底本

  • 一人三人全集Ⅰ時代捕物釘抜藤吉捕物覚書
  • 河出書房新社
  • 1970(昭和45)年1月15日