ゆきのいちにち
雪の一日

冒頭文

三月二十日、土曜日。午前八時ごろに寝床を離れると、昨夜から降り出した雪はまだ止まない。二階の窓をあけて見ると、半蔵門の堤は真白に塗られている。電車の停留場には傘の影がいくつも重なり合って白く揺(ゆらめ)いている。雪を載せたトラックが幾台もつづいて通る。雨具をつけて自転車を走らせてゆくのもある。紛々と降りしきる雪のなかに、往来の男や女はそれからそれへと続いてゆく。さすがは市中の雪の晨(あさ)である。

文字遣い

新字新仮名

初出

「新潮」1933(昭和8)年3月号

底本

  • 岡本綺堂随筆集
  • 岩波文庫、岩波書店
  • 2007(平成19)年10月16日