おんせんざっき
温泉雑記

冒頭文

一 ことしの梅雨も明けて、温泉場繁昌の時節が来た。この頃では人の顔をみれば、この夏はどちらへお出(い)でになりますと尋ねたり、尋ねられたりするのが普通の挨拶になったようであるが、私たちの若い時——今から三、四十年前までは決してそんなことはなかった。 もちろん、むかしから湯治にゆく人があればこそ、どこの温泉場も繁昌していたのであるが、その繁昌の程度が今と昔とはまったく相違していた。各

文字遣い

新字新仮名

初出

「朝日新聞」1931(昭和6)年7月23~27日

底本

  • 岡本綺堂随筆集
  • 岩波文庫、岩波書店
  • 2007(平成19)年10月16日