ばいえんのにおい
煤煙の匂ひ

冒頭文

一 彼は波止場(はとば)の方へふら〳〵歩いて行つた。此(こ)の土地が最早(もう)いつまでも長くは自分を止まらせまいとしてゐるやうで、それが自分のにぶりがちな日頃の決心よりも寧(むし)ろ早く、此の土地を去らねばならぬ時機が迫つて来はせぬかといふ、妙に心細い受け身の動揺の日がやつて来たのだ。勿論(もちろん)それは彼の思ひ過ぎでもあつた。これまでも屡々(しば〳〵)あつたことだ。こんな気持の時は

文字遣い

新字旧仮名

初出

「中外」1918(大正7)年7月号

底本

  • 現代日本文學大系 49 葛西善藏 嘉村礒多 相馬泰三 川崎長太郎 宮路嘉六 木山捷平 集
  • 筑摩書房
  • 1973(昭和48)年2月5日