むすめ

冒頭文

パンを焼く匂いで室子(むろこ)は眼が醒めた。室子はそれほど一晩のうちに空腹になっていた。 腹部の頼りなさが擽(くすぐ)られるようである。くく、くく、という笑いが、鳩尾(みずおち)から頸を上って鼻へ来る。それが逆に空腹に響くとまたおかしい。くく、くく、という笑いが止め度もなく起る。室子は、自分ながら、どうしたことかと下唇を痛いほど噛んで笑いを止め、五尺三寸の娘の身体を、寝床から軽く滑り下ろ

文字遣い

新字新仮名

初出

「婦人公論」1939(昭和14)年1月号

底本

  • 岡本かの子全集5
  • ちくま文庫、筑摩書房
  • 1993(平成5)年8月24日