おとぎぞうし |
お伽草紙 |
冒頭文
前書き 「あ、鳴つた。」 と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾をかぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を脊負つて壕の奧にうずくまつてゐる。 「近いやうだね。」 「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」 「さうかね。」と父は不滿さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいい
文字遣い
旧字旧仮名
初出
「お伽草紙」1945(昭和20)年10月25日
底本
- 太宰治全集8
- 筑摩書房
- 1998(平成10)年11月25日