だいおんはかたらず
大恩は語らず

冒頭文

先日、婦人公論のNさんがおいでになつて、「どうも、たいへん、つまらないお願ひで、いけませんが、」と言ひ、恩讐記といふテエマで數枚書いてくれないか、とおつしやつた。「おんしうき。恩と讐(あだ)ですか。」と私は、指先で机の上に、その恩といふ字と、讐といふ字を書いて、Nさんに問ひただした。Nさんは卒直な、さつぱりした氣象のおかたであつた。「さうです。どうも、あまりいいテエマぢや無いと、私も思ふのです。手

文字遣い

旧字旧仮名

初出

「文章倶樂部 第六巻第七号」1954(昭和29)年7月1日

底本

  • 太宰治全集11
  • 筑摩書房
  • 1999(平成11)年3月25日