やぶいりのぜんや |
やぶ入の前夜 |
冒頭文
バリカンが山の斜面を滑る橇のやうにスルスルと正吉の頭を撫でゝゆくと、針のやうな髪の毛はバラバラととび散つた。正吉は一秒一秒に拡がつてゆく綺麗な頭の地ををさへ切れぬ悦ばしい心で凝と鏡の中に瞶めて居た。正吉の心はたゞ嬉しさばかりに躍つてゐた。何日前から明日といふ日を待構えて居たことであらう。幾十遍同じやうな夢を見て暮して来たのだつたらう。愈々その夢がほんとに明日は実現されるんだもの……何時間かの後には
文字遣い
新字旧仮名
初出
「少年 第一九七号(新年号)」時事新報社、1919(大正8)年12月8日
底本
- 牧野信一全集第一巻
- 筑摩書房
- 2002(平成14)年8月20日