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冒頭文
一郎は今迄しきりに読んでゐた書物から眼を放すと、書斎の窓を開いて庭を眺めた。——冬枯の庭は、どの木も寒さうに震へてゐるかのやうに見えた。南天の実の紅色だけが僅かな色彩で、冬の陽に映えてゐるばかりだつた。空はよく晴れてゐて、時たま何処かで百舌の声などがキーキーツと絹地でも引き裂くやうに鳴き渡ると、空の彼方までそれが長い糸のやうな余韻を残して消えて行つた。風もないのに木の葉がハラハラとこぼれて来た。ふ
文字遣い
新字旧仮名
初出
「少年 第二〇九号(新年号)」時事新報社、1920(大正9)年12月8日
底本
- 牧野信一全集第一巻
- 筑摩書房
- 2002(平成14)年8月20日