のちのひのどうじ |
後の日の童子 |
冒頭文
一 夕方になると、一人の童子(どうじ)が門の前の、表札の剥げ落ちた文字を読み上げていた。植込みを隔てて、そのくろぐろした小さい影のある姿が、まだ光を出さぬ電燈の下に、裾(すそ)すぼがりの悄然(しょうぜん)とした陰影を曳いていた。 童子は、いつも紅い塗(ぬり)のある笛を手に携(たずさ)えていた。しかしそれを曾(かつ)て吹いたことすらなかった。 植込みのつたの絡んだ古い格
文字遣い
新字新仮名
初出
「女性」1923(大正12)年2月号
底本
- 文豪怪談傑作選 室生犀星集 童子
- ちくま文庫、筑摩書房
- 2008(平成20)年9月10日