ゆふいんこう
由布院行

冒頭文

去年の夏のことである。漸(ようや)く学校は卒業したが、理研(りけん)の方の建物が出来上っていなかったので、暫(しばら)く物理教室の狭い実験室の一隅(いちぐう)を借りて、仕事を続けていた時のことである。Y君やM君と一緒に、一室で三組も実験をしていて、窮屈な思いをしていたところへ、夏が来た。 夏休みで学生がいなくなると実験の方はだれて来る。誰か一番先に来た男が、紅茶をわかしてビーカーに入れて

文字遣い

新字新仮名

初出

「社会及国家」1926(大正15)年5月20日

底本

  • 中谷宇吉郎随筆集
  • 岩波文庫、岩波書店
  • 1988(昭和63)年9月16日