1 「小田切大使が自殺しましたよ」 夕刊をひろげると殆ど同時にS夫人が云った。その瞬間、私の頭の中をすうッと掠(かす)めたある影——、それは宮本夫人の妖艶な姿であった。 小田切大使の自殺に宮本夫人を引張り出すのはちょっと可笑(おか)しいが、私の頭の隅に、二十年前の記憶が今なお残っていたからであろう。 その当時は小田切大使も宮本夫人もまだ若かった。少壮外交官の彼と彼女