ようふんろく |
妖氛録 |
冒頭文
口数の寡(すくな)い、極く控え目勝ちな女であった。美人には違いないが、動きの少い、木偶(でく)の様な美しさは、時に阿呆に近く見えることがある。この女は、自分故に惹起される周囲の様々な出来事に、驚きの眼を瞠(みは)っているように見えた。それらが、自分の為に惹起されたのだということに、一向気付かぬようにも思われる。気付きながら少しも気付かぬように装っているのかも知れぬ。気付いたとしても、それに誇を覚え
文字遣い
新字新仮名
初出
「中島敦全集 第四巻」文治堂書店、1959(昭和34)年6月刊
底本
- 中島敦全集3
- ちくま文庫、筑摩書房
- 1993(平成5)年5月24日