じゅうえんさつ |
十円札 |
冒頭文
ある曇った初夏(しょか)の朝、堀川保吉(ほりかわやすきち)は悄然(しょうぜん)とプラットフォオムの石段を登って行った。と云っても格別大したことではない。彼はただズボンのポケットの底に六十何銭しか金のないことを不愉快に思っていたのである。 当時の堀川保吉はいつも金に困っていた。英吉利(イギリス)語を教える報酬(ほうしゅう)は僅かに月額六十円である。片手間(かたてま)に書いている小説は「中央
文字遣い
新字新仮名
初出
「改造」1924(大正13)年9月
底本
- 芥川龍之介全集5
- ちくま文庫、筑摩書房
- 1987(昭和62)年2月24日