まいひめ
舞姫

冒頭文

石炭をば早や積み果てつ。中等室の卓のほとりはいと靜にて、熾熱燈(しねつとう)の光の晴れがましきも徒なり。今宵は夜毎にこゝに集ひ來る骨牌(かるた)仲間も「ホテル」に宿りて、舟に殘れるは余一人のみなれば。 五年前の事なりしが、平生(ひごろ)の望足りて、洋行の官命を蒙り、このセイゴンの港まで來し頃は、目に見るもの、耳に聞くもの、一つとして新ならぬはなく、筆に任せて書き記しつる紀行文日ごとに幾千

文字遣い

旧字旧仮名

初出

「國民之友」1890(明治23)年1月

底本

  • 日本現代文學全集 7 森鴎外集
  • 講談社
  • 1962(昭和37)年1月19日