しんじゅう
心中

冒頭文

お金(きん)がどの客にも一度はきっとする話であった。どうかして間違って二度話し掛けて、その客に「ひゅうひゅうと云うのだろう」なんぞと、先(せん)を越して云われようものなら、お金の悔やしがりようは一通りではない。なぜと云うに、あの女は一度来た客を忘れると云うことはないと云って、ひどく自分の記憶を恃(たの)んでいたからである。 それを客の方から頼んで二度話して貰ったものは、恐らくは僕一人であ

文字遣い

新字新仮名

初出

「中央公論」1911(明治44)年8月

底本

  • 森鴎外集 新潮日本文学1
  • 新潮社
  • 1971(昭和46)年8月12日