あらおがわのほとり
荒雄川のほとり

冒頭文

私の郷里は(宮城県玉造(たまつくり)郡一栗(いちくり)村上野目天王寺(かみのめてんのうじ))——奥羽山脈と北上山脈との余波に追い狭められた谷間(たにあい)の村落である。谷間の幅は僅かに二十町ばかり。悉(ことごと)く水田地帯で、陸羽国境の山巒(さんらん)地方から山襞(やまひだ)を辿(たど)って流れ出して来た荒雄川が、南方の丘陵に沿うて耕地を潤(うるお)し去っている。 南方の丘陵は、昔、田村

文字遣い

新字新仮名

初出

「新文藝日記 昭和六年版」1930(昭和5)年

底本

  • 佐左木俊郎選集
  • 英宝社
  • 1984(昭和59)年4月14日