ビルディング
ビルディング

冒頭文

巨大な四角いビルディングである。 窓という窓が残らずピッタリと閉め切ってあって、室(へや)という室が全然、暗黒を封じている。 その黒い、巨大な、四角い暗黒の一角に、黄色い、細い弦月が引っかかって、ジリ、ジリ、と沈みかかっている時刻である。 私はその暗黒の中心に在る宿直室のベッドの上に長くなって、隣室と境目の壁に頭を向けたまま、タッタ一人でスヤスヤと眠りかけている。

文字遣い

新字新仮名

初出

「探偵クラブ」1932(昭和7)年10月

底本

  • 夢野久作全集3
  • ちくま文庫、筑摩書房
  • 1992(平成4)年8月24日