あのかおあのこえ
あの顔あの声

冒頭文

門司から基隆まで 勿論船の上である。Tと名乗る男——彰化で料理屋を営んでゐる男——口髭を生やしてゐる男。 「こんなに静かなことは珍らしいです」 それはまた、両蓋の金時計を幾度も出して見る男——用が無くても船員に話しかける男——誰にでも飯が食へるかと訊ねる男。 「日清戦争の時、おやぢが通訳で……」 そのおやぢの写真を、取りに行つてゐるひまに、わたしは自分のキャビンに降り

文字遣い

新字旧仮名

初出

「文芸春秋 第二年第十一号」1924(大正13)年4月1日

底本

  • 岸田國士全集19
  • 岩波書店
  • 1989(平成元)年12月8日