たびのくろう
旅の苦労

冒頭文

旅行は好きか、と、よく人に訊かれる。私はいつも、生返事をする。好きでないこともないが、さう楽しい旅をしたといふ経験もないからである。好きでないこともないといふのは、旅の空想を私は屡々するし、空想の旅は、一種の解放であるから、心おのづから軽(かろ)やかならざるを得ぬ。 では、実際に旅をして、なぜ楽しいと思つたことが少いかと云へば、これにはいろいろ理由がある。その理由はあとでつける場合もある

文字遣い

新字旧仮名

初出

「専売 第二九八号」1937(昭和12)年6月1日

底本

  • 岸田國士全集23
  • 岩波書店
  • 1990(平成2)年12月7日