たまきあんりのコーヒー |
田巻安里のコーヒー |
冒頭文
一 田巻(まき)安里(あんり)は、甚だコーヒーをたしなんでゐた。彼は、朝昼晩、家にあつても外にあつても、機会を選ばずコーヒーを飲んだ。友人と喫茶店にはいり、「君はなに?」と問はれゝば、「無論コーヒーさ」と空うそぶき、コーヒーさへ飲んでゐれば、飯なんか食はなくてもいいと放言した。 だれも、彼がコーヒーをたしなむことに偽りがあるとは思はなかつた。たゞ、敏感な友人は、彼がコーヒーをたしな
文字遣い
新字旧仮名
初出
「東京朝日新聞」1930(昭和5)年7月15、16、17日
底本
- 岸田國士全集21
- 岩波書店
- 1990(平成2)年7月9日