ひともしごろ
灯ともし頃

冒頭文

荒廃した庭園の一隅。 藻屑に覆はれた池のほとり。 雑草の生ひ茂つた中に、枯れ朽ちた梅の老樹。 晩春——薄暮。 少年が一人、ぽつねんと蹲つてゐる。手に持つた竹竿で、時々、狂ほしく草叢を薙ぐ。顔は泣いてゐるが、涙は出てゐない。 帽子が傍らに脱ぎ棄てゝある。 少女の声が池の彼方に聞える。 ——もう遅いから、あたし、帰るわ。 別の声が之に応へる。 ——えゝ、ぢや、また明日ね。 ついで、

文字遣い

新字旧仮名

初出

「女性 第七巻第四号」1925(大正14)年4月1日

底本

  • 岸田國士全集1
  • 岩波書店
  • 1989(平成元)年11月8日